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新たな出会い~イタリアウンブリア④

バルバラがまず案内してくれたのがこれ
泥団子

倉庫の戸を開けるとこれ。
なんだかわかります?

私はてっきりジャガイモかと思いました(笑)

しかし違うんですね~
これが噂の泥団子です。

自然農法を実践していた福岡正信さんが考案した砂漠化している土地を緑地化するために

砂漠にそのまま種をまいたんじゃ芽が出ないので
泥の中に数種の種を混ぜて水を入れて固めた団子を作り

それを砂漠化したところや土地を耕さずにそのまま
その団子を放り込んでおくことで芽を出させる、という方法。

彼女はそれを実践していた。

緑地化のため以外にも、せっかくまいた種を虫や鳥、動物に食べられないため、
泥にまみれさせ少量の雨によってぬれた泥から種に水分が浸透し発芽するのだ。

よくこんなこと考えたな~と思っていたが
こうして実際の泥団子を見たのは初めて。

団子の作り方を説明してくれた。

昨年、会う約束をしていたが私がイタリア収穫の時期に彼女はこの団子のセミナーに
スペインに行っていたのと丁度重なり訪問がかなわなかった、

今回は私が到着した前日に自宅で団子のセミナーを自分が指導する立場となって
開催したそうだ。30名以上の人がこのアクアサンタに集ったそうで、

だれがそのセミナーに来たの?と私が訪ねると

ほとんどがウンブリア外のイタリア人で
シシリーやサルデーニャなどの離島から、
または南イタリアや北イタリアの遠方の人がほとんどだったそうだ。


バルバラは目を輝かせていう。
毎回ウンブリア外の人たちばっかりで
興味のある人は遠方の人がほとんどだが今回は一人だけ
ウンブリア州の若い野菜農家が参加したそうで

それがとってもうれしかった!と彼女は顔をほころばせる。


私は、なんだか日本の現状と同じだな~と。
私も千葉で有機農家の嫁をしていたころ
割と早くにEM農法などに手を出していたので
その筋の先生方がたくさんいらしてうちを実験農場として多数のセミナーを開催した、

その時も来るのは遠方の人。

地元の人なんてめったにいない。

地元、周りの人は私たちを‘変わりモン‘と思っていたに違いない。
そんな現状はどの国も同じなのだ。

人と違うことをする=変人

という方程式が成り立っているようである。


バルバラたちの状況もまったく同じとのこと。
しかし興味のある人はイタリア中にこんなにいるのよ~と。


泥団子実験〈色々な種の発芽)

わかりにくい画像だが、これは泥団子をおいて
発芽している畝。
ルッコラ、ソラマメ、レタス(だったか)多数の種を一緒に泥団子にした。
団子を置くときは雨が降る直前にやるのが最適だそうだ。

泥団子〈土)
これは麦のみの団子。

立派に発芽している。

パーマカルチャ〈土)

これは土の山に手を突っ込んでる。

土を掘り硬い粘土質の部分を掘り起こし山にする。
それを新聞紙で覆いさらに藁をかぶせてしばらくおいていたものだそうだ。

そうするとふかふかの土に変化する。
手に取った土のにおいをかいでみると土のいい香りに。

‘出来上がってるわ‘とうなずくバルバラ。

サフラン実験

きれいな畝(高く盛り上がった畑用の土地)に得体の知れない長い葉っぱがある。

これは何?と聞くと


このあたりの特産のサフランだそうだ。

これも彼女は無肥料で作っており、実際収穫をしているそうだ。


そのほか、家から出る汚水・トイレからでるものも含めて
浄化するシステムを作っていたりと・・・・


いろいろなことを実験している。
勉強家であり実践家でもあり、
真に環境に配慮した生活を実践しているのだなと
これらを見て思う。


イタリアでは有機栽培をする生産者がとても増えており
EUの中でもその耕地面積はうなぎのぼりだ。

しかし真に環境を考えている生産者は極々少ないように思う。


トラディッショナル農法(いわゆる化学肥料や農薬を使った慣行農法)だと市場に左右されるので
経営的に大変なので付加価値をつけ有機にし経営的に安定するように・・・・という考えで
有機栽培に入っていく生産者がほとんどだ。

これが決して悪いとはいわないが
私はこれだけでいいのか?と常々思っている。


本当に環境によい栽培って?
それってなんなんだろうと。

安心安全な野菜が食べられることは幸せだが
それだけじゃない。

これだけ環境が悪化している中、自然の復元はもう無理といわれているが
できるだけ環境に配慮した栽培ができないだろうか。

これは自然栽培がもっとも適していると思う。
簡単ではないがしかし、やり始めている人がこうしている。

彼女は言う。

‘私は自然を愛しているの、大地を愛しているの‘と!


愛はイタリア語で‘AMORE` アモーレという。

私が料理教室で使う、キーワードではないか!

愛なくしてうまい料理は作れない!ってね。


彼女がそういいながら前へ前へと進み農場を案内してくれる後ろで

私は

彼女こそ探していた本当の同士だ!と嬉しくなった。


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★続編
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新たな出会い~イタリアウンブリア③

翌日は好天に恵まれ絶好の畑・視察日和。

いよいよメールをやり取りしていたバルバラとご対面だ。
どんな女の子だろう。

アントネッラ(母)は51歳ということなので
30歳代?もしかして20歳代?
いろいろ想像しながら寝床からでる。

起きて来たバルバラはこんな子でした
バルバラ

アントネッラはミラノ時代から幼稚園の先生をしており
朝は私が起きたときにはすでに出勤、
他のみんなもみな出払っており

私とバルバラで一緒に朝食をとる。

パンとお茶のみの簡単な朝食を用意してくれる。
パンには蜂蜜をどうぞと。


彼女はこれも自然栽培仲間の養蜂家のものよと。
白く固まった濃厚な蜂蜜。おいしい。


彼女の口から出る‘自然栽培‘と言う言葉に
いちいち私は反応する。
ワクワクドキドキなのだ。

まだ彼女の言う自然栽培がなんであるかが見えていない。
もしかして思いっきり、外れているかもしれない。
形だけ、もしくは有機栽培のことを言っているのかもしれない。



私たちはまず昨日アントネッラに話したように自分の経験を話す。

そして彼女に

どうしてミラノから移り住んできたか、自然栽培をはじめた理由を
私が食いつくように聞いた。



12年前母が先にこの地に来たときは彼女はミラノでOLをしながら一人暮らしをしており
母が田舎暮らしをと言い出したときは

まったく自分の想像外の母の決意に、自分は蚊帳の外だったそうだ。


母だけ行ってしまい自分は妹とともに居残る。
しかし三年五年が過ぎ、たまに行くウンブリアでの母の生き生きとした姿、
自然の中で過ごす居心地のよさを少しずつ実感していく。


そんな環境からもミラノに帰ると次第に限界を感じるようになる。
もともとはミラノの生まれでミラノ育ちであるにもかかわらず
ウンブリアの田舎とのギャップに気がつき始める。

ここは自分のいるべきところではない!


会社に通う地下鉄に乗っている人々の顔は
みな死んだように疲れている、そして悲しげ。


このような中で生活すること、ウンブリアの大自然の魅力にだんだん引き込まれていく彼女。


そして5年前、移住することを決意する。
決意するとともに農業について興味がではじめ
いろいろと自分なりに勉強したそうだ。


そしてある人物に出会う。
福岡正信から直接自然農法を学んだイタリア人のある人物。


彼との出会いで自然農法の世界に入っていく。


福岡正信さんは四国で自然農法を実践した人で世界にも広がりインターナショナルな日本人だ。
(詳しくはこちら)

肥料を入れず農薬も使わず自然の力のみで植物の成長を促す。


彼女はその人物からこれを学び
母のアントネッラがほぼ、ほったらかし農法で維持していたオリーブ畑で

いろいろなことをチャレンジしていく。


またパーマカルチャー(持続可能な農業を軸としたライフスタイル)
詳しくはこちら

も実験しているという。


ほうほうほう、と私はうなずきながら
私の自然栽培の経験も話す。


弘前のりんご農家、木村秋則さんの無農薬りんごを完成するまで、
日本の農業の現状、日本の食の現状、
これらの影響から自分も自然栽培のオリーブ生産者を探すようになる、
しかし誰もいないので自分でイタリアで始めてしまった話・・・・etc...


彼女も目を輝かせて聞く。


福岡正信さんが実行していた自然農法のデメリットを
木村さんは解決している、
より確実で生産性がありまさに持続可能なこれからの農業であると。


彼女の今までの経験と実践、
そして私の今までの有機栽培の経験やイタリアでの自然栽培のオリーブ畑について


これから彼女とこの家族とドッチボールができそうな予感。

長い朝食を終えるとさっそく外に出て畑を視察に回る。


どんなオリーブ畑なのか私はもうワクワクではちきれそうになった。


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新たな出会い~イタリアウンブリア②

ウンブリア州は海なし州。
イタリア本土のほぼ中央に位置する。

州の周りを

マルケ州(あまり特徴のない州だが、オーガニックCOOPのビオアグリチェルトの本拠地で有名)
アブルッツォ州(アサクラ農園のある州)
トスカーナ州〈フィレンツェで有名)
ラッツィオ州(首都ローマがある)

の4つの州に囲まれており
彼女らが住んでいる‘アクアサンタ‘はイタリアでも‘へそ‘部分と言われているように
本土の中央部に位置する。

海に面していないので回りは全て山、というか丘。
雄大な丘が連なるちょっと北海道のようなかんじだろうか。

丘にはオリーブ畑、牧草地帯、と山と言うより裸の丘に
畑か牧草地があるので日本の木の一杯茂った山というのではない。

そんな風景を予想していたが

アントネッラが運転する車がそのような丘を走っていたかと思うと
どんどん坂道を登っていき
しまいには道の両端は高い木が生い茂った林~森の中へと進む。

こんなところがウンブリアにあったのかと思うような風景。
まるで地元会津の山の中のよう。


というのもイタリアには広葉樹の森は本当に少なく〈中部以南に関して)
その山の中はQuercia〈クエルチャ-仙台弁ではない。樫の木のこと)が多く

これはかなり高い標高まで来たなというかんじ。
聞くと400mだそうだ。

400mというとかなりある。

道がどんどん細くなり
どん詰まりが目的地だ。

アクアサンタにやっと到着。

石の古い家がどっしりと建っていた。

家に入るとすぐ台所、いい匂いがしている。
日も暮れて彼女の二番目の娘のイザベッラが夕飯の支度をしていた。
彼女の3歳に娘も一緒にいる。

昼にパニーノ一個だけだったので相当腹がすいているワタクシ。
夕飯はなんだろう~~~と楽しみ!


私は生産者のところにいく時は必ずごはんを食べなければならないシュチュエーションを考えて
アポをとる。
今回はこの日の夕食、翌日の昼までしっかりご馳走になる計算。

とただずうずうしいだけでなく
そこで出てくる料理を味わえば大体生産しているもののが
どんなものか見当がつく。

もちろんオリーブオイルもたっぷり味見が出来るからだ。

そうこうしていると一人の男性が家に入ってくる。

だれだこの男は?息子か?(いやそれにしては老けている)

ロベルトというそうだ。
何者かはちょっと聞き取れなかった、最後まで聞きそびれてしまった。
謎の男としよう。


そんなこんなで一人二人と家の中に人が集まってくる
イザベッラが外にある鐘を鳴らす。
夕飯の支度が出来たっていうことらしい。

まだ誰かいるのかこの家には?

そして最後に男の子が入ってくる。
息子のダビデだ。

全員で6人+出かけてるバルバラの7人家族らしい。

アントネッラは‘さあ私たちのオリーブの味を見て頂戴‘と
ストーブでパンを焼き始める。

部屋が最小限の明かりでよくオイルの色が見えないのが残念。
かけて食べるが口に含んでよく味わうと

‘え?‘と。

‘なに?‘

もう一度、焼いてないパンにたっぷりかける

ちょっと気が抜けたようなかんじ? ‘え~~?‘

‘これは2008年産?‘と私。

‘もちろんよ‘とアントネッラ、‘おいしいでしょう~‘と。


確かに気が抜けたような味だ。
ちょっとがっかり~~~


しかし気を取り直してさあ夕食!

テーブルを見ると大鍋がど~~んとおいてあり
見ると中はスープパスタだ。

私にもちろん一番最初によそってくれる。
中にはレンズマメのスープにリガトーニが浮いている。


なんだかチープそうなパスタだけど、大丈夫かいな?と。
いやいや、食べてみなけりゃわかんないぞ。

どんな味だろう!と

食べてみるとやっぱり
レンズマメを大量の水を入れて煮ただけ。
そこにリガトーニを投入し塩をホンノ少々入れただけ。

食べながら‘マジ~~‘と。
失礼だが、あまりに清貧なメニューなのだ。

家の中を良く見るとイタリア人の家にしては物凄く質素で
調度品もなんだか中古品をかき集めた感じだ。

イタリア人は家=イノチ
ってかんじで家にお金を注ぐ人種で家の中はどの家も素晴らしい。
モデルルームのような家ばかり。
私はナポリの貧民街にあるスリの家にも行ったことがあるが
そこもすんばらしかった。


しかしこの家はどうも違う・・・・

いただいておいてまたまた失礼だが
中に入っているリガトーニも、久々にこんなの食べた!ってほど
scadenzaなものだった。
日本語に訳すと憚れるが、‘かなり品質の悪い・いわゆるプラスティック麺‘

日本にも安売り店で特価¥145(500g)なんてあるじゃないですか、
あれ。
あれは粉の品質も去ることながら超高温乾燥してるので麺がもうプラスティックになっている。
固くて固くてちょっとやそっとじゃ消化が・・・・

いつもカムットかファッロのアサクラパスタに慣れた舌と胃腸にはかなり
しんどい・・・・あぁこんなご馳走になりながらこんな事を書いてしまっ・・・て・・・・ごめんなさい。


どうやらこの家はかなりギリギリの生活をしているらしい。

セコンドピアット〈メインメニュ)は

卵焼き
ズッキーニ入りのフリッタータ(オムレツ)。

これが出てくると3歳の娘・レベッカが大喜び。

どうやら鶏を飼っているらしく自家製の卵で作ったとのこと。
これを皆で8等分していただく。

おいしい!
しかしあとは何一つなし、
デザートももちろんない。

いや何度も書くがいただいておいて失礼だが
これほど清貧なディナーをご馳走になったのは始めてかもしれない。

私は今、100%ではないがほぼベジタリアンの生活をしているので
私にとってはとてもシンプルメニューでありがたかったのであるが

ん~~これは話をよく聞かなければ・・・と。

食事中はアントネッラが私に

なんでまたオリーブオイル屋をやってるのか?
とたずねられ
十数年前のイタリア生活・料理修行の事、オリーブに開眼した事、
アブルッツォで自家栽培のオリーブを作っているなどを
ぺ~らぺらと話した。

ウンウンとアントネッラは頷きながら私の話を微笑みながら聞いている。

私の話が一先ず終わると
アントネッラが12年前からこの地に住み始めた話、

なんとミラノから移り住んできたとのことだ!


‘え~~~‘と私は大声を出して驚く。
純粋なウンブリアの地元民ではないのだ。
生産者でこういう移り住み人も始めてだ。


オリーブ畑付きの家を自分で買ってまず三人いるうち子供の末っ子の息子と
住み始めたそうだ。

ふ~~ん、ダンナはいないのか?(とは聞かないが、ダンナらしき人がいないしその話もしない)


オリーブも住み始めたときから家族だけで世話をし、収穫をし・・・と
語り始めた。

どうやら人を使わず自分を含めてド素人の家族だけでオリーブを作っていたらしい。
400本の木を持っている。
アサクラ農園の約2倍だ。

木も古く(年数のたった)、太い木だそうで〈私はこの時点まだオリーブ畑を見ていない)

どの位オイルが取れるのか?と聞くと
400~500リットルという。(アサクラオイル250mlにすると約2000本相当)
木は私の農園の2倍あるのに油はうちとほぼ同じ量の油しかとれない計算だ。


え~~~どうなってるの?
と私は又驚く。


アントネッラがいうには
オイルの売値が高いのでイタリア人は誰も買ってくれないという。


彼女は農薬も肥料も全く使わない、自然の栽培をしており
草取りなども手間がかかり〈トラクターを使わないので)
取れる量が少ないのでどうしても安くは売れないという。

それなりの値段で売るが売れないので剪定も出来ない収穫も人を使えない、
だから収穫するだけ無駄なので1/3は収穫しないでそのままほったらかしという。


あら~~~
私は驚くと共にもったいない!と。

だから生活もきつきつでギリギリなんだと。

決して悲壮ではなくやわらかく微笑みながらそう語る。

このフリッタータ〈卵焼き)も今日出来る精一杯のご馳走なのだと
彼女は明るくそういうのだ。


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新たな出会い~イタリアウンブリアにて①

私はイタリア人と共同でアサクラ農園を持ち自然栽培のオリーブを作り始めた。
今から4年前になる。


一緒にやってる仲間達はいい人なのであるが
なかなか自然栽培のなんたるか、をわかってくれない。


始めた当初は栽培の仕方などでいろいろもめたものだ。
〈4年たった今はそういうこともほとんどないが)


自然栽培は簡単に言うと
自然環境が本来もつ力をもとに
自然のサイクルにまかせる栽培方法。

それは

植物そのものの生きる力、
土のもつ力
水の力
太陽のエネルギー

その他空気も含め自然界のあらゆるエネルギー
それは科学ではまだわからぬ未知のエネルギーも含めて・・・


+人の力、これは必要最低限のサポートをして
植物本来の生きていく力を引き出す・・・・


反対に普通の栽培は


病気が出たら農薬を、
そして収穫量を一定にする為、もっと収穫量を増やす為に肥料を施す。
栄養成分を吸い取ってしまう余計な雑草は刈る・・・etc...


自然栽培はそういうことは一切しない。

これは自然のサイクルから外れた不自然な行為だから。



イタリア人の仲間は

肥料をやらない
草を刈らずに伸び放題にする

などなどトラディッショナルな方法から逸脱したその方法に
全く理解できずよく私に納得できないと食って掛かってきたものだ〈笑)


そのような状況下私も常に孤独でどうやったらわかってもらえるか、
私のイタリア語の能力もつたないので
途方にくれていた。


だれかイタリア国内に自然栽培をしている人はいないのかと
いろいろ探し始めたのは


そういうことがあったからだ。


そしてやっとそれらしき人を探し出した。

ある日本人のインポーターからの紹介であった。
北イタリアのぶどうを自然栽培しているアスティのロレンツォさん。
素晴らしいワイン醸造家であり
原料は自然栽培のぶどうを自家栽培している。


それを一緒にみてようやくわかってくれた仲間。
しかしまだまだだ、オリーブ農家の自然栽培生産者はいないのか?
その後も探しつづける。


そしてついに


ネット上で自然栽培のグループを見つけた。

その中に小さく書いてあった人物にアクセスしたら
返事がきた。


それが約1年半ぐらい前。

メールでのみやり取りするのみだったが
オリーブ畑の生産者らしい。


やっと!という思いで早くその人に会いたい、
と思いつつも今まで1年ぐらいの間に2回行くチャンスがあったが

スケジュールの関係でだめになり
やっと今回の旅で会う事ができた。


その人の名はバルバラ。


先週の木曜日の夕方にウンブリアの彼女の家へ向かう。
ウンブリアはトスカーナと同じぐらい
オリーブの大産地だ。

とても良質のオリーブが取れることで有名。



バルバラとはメールのやり取りだけで
何歳かもどんな人物かも全く知らない。

快く私の訪問を受け入れてくれた。


まったく人物像が想像できないまま直接会う事になる。
電車がホームについたときにはどきどきものだった。


どんな女性が迎えに来るのか?


『REIKO?』とホームで出迎えてくれたのはなんとごつい大女!


ちょっとびっくり。
50歳は過ぎてるだろう~~と内心、

しかしすぐに、バルバラは用事でこれなくて母の私がきたと。

なんだおっかさんかぁ~


大女、ごっつい感じだが笑顔がやさしい。
お母さんはアントネッラという。


彼女の車に乗り目的地‘Acqua Santa` アックアサンタ 〈聖なる水)と呼ばれる

彼女達が住んでいる家に向かった。


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